江戸時代末期から

明治時代初期にかけて、大阪・船場の商人による商売繁盛の祈願事として始まったという説がある。

節分の日は暦の上で春を迎える立春の前日にあたるので、一年の災いを払うための厄落とし、年中行事として行われた。

また豊臣秀吉の家臣・堀尾吉晴が偶々節分の前日に巻き寿司のような物を食べて出陣し、戦いに大勝利を収めたという故事を元にしているという説もある。

その他にも恵方巻の発祥地の候補には、和歌山、滋賀等があるがいずれも確かなものではない。

以後恵方巻の習慣は、昭和初期の大阪では船場の商人の間で行なわれていたようで節分の「丸かぶりずし」の広告チラシも作成された。

しかし、「一気に丸かぶりしなければいけない」ということは、海苔の販促として恵方巻を売り出した、「たこ昌」の代表取締役である山路昌彦の作り話とも言われる。
update:2010年02月23日