敗戦後ヒトラーは退院後少しの期間放浪しており
敗戦後ヒトラーは退院後少しの期間放浪しており、革命勢力に組するなど政治的には不節操な態度をとっていた。のちに軍の情報関係の仕事を続け、激増した新党の調査を担当していた。その一環として参加した「ドイツ労働者党」の集会で演説者をやり込めたのが党議長の目に留まり入党する。50人程度の小党(というより現在の感覚ではカフェに集まって議論するだけのほとんどサークルのようなものであり、事務所すらなかった)であったがその理念に共感し、1920年には軍をやめ党務に専念するようになる。この頃、すでにヒトラーは演説者としての能力を認められており、軍からプロパガンダの講習を受けている(この講習会はドイツ国防軍第4集団、即ちバイエルン国防軍の情報課が企画したもので、反共主義、民族主義の宣伝活動家の養成を目的としたものであった。ここでヒトラーは生まれて初めて大学の教室で右翼の大学教授や知識人の講義を聴くこととなった)。このなかでもヒトラーの弁舌は興奮してくるとますます冴え、聴衆を引き込むヒトラーは、優れたプロパガンダの才能の持ち主であった。
update:2009年08月23日
